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法然上人と浄土宗

法然上人絵伝をもとに法然上人のご生涯と浄土宗についてまとめてあります。

お誕生
法然上人絵伝-お誕生-

今からおよそ860年あまり前、美作国久米南条稲岡庄(現在の岡山県久米郡久米南町里方)に、漆間時国というその地方豪族がいました。夫婦にはなかなか子宝が恵まれず観音様に日参して子供を祈願しました。そして長承2年(1133)4月7日の正午に玉のような男子を出産され、この男子に勢至丸と名付け大切に育てました。 法然上人のお誕生と、瑞雲に乗った勢至菩薩の来迎を描き法然上人に勢至菩薩の生まれ変わりを一遍の絵に表現されています。

比叡山に登る
法然上人絵伝-比叡山に登る-

法然上人9歳にとき、保延7年(1141)の春、父の時国は明石定明の夜討ちに遇い非業の再期をとげます。このとき法然上人に「敵をうらんではいけない。どうか早く俗世を離れ、私の菩提を弔ってもらいたい」と遺言を残しました。そして法然上人は母に「母親と別れることはつらいが、父の遺言を無視するわけにはいかない。早く比叡山に登って一人前の僧侶になりたい」と懇願します。 目指す比叡山を背景に、まさに旅立とうとする法然上人と母秦氏の悲しい別れを描かれています。

開宗
法然上人絵伝-開宗-

法然上人はひたすら学問と修行に専念されました。そして承安5年(1175)春、法然上人43歳の時に、善導大師の「観経疏」という書物の中の「散善義」に「ひたすら阿弥陀仏の御名をとなえさえすれば、本願の御心によって、必ず往生ができる」という一文を読み、即座に念仏一行に帰されたのです。 西方に沈み行く夕陽を阿弥陀仏にみたてて、ひたすら阿弥陀仏の御名を称える念仏一行に専念しているご様子を表しています。

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法然上人絵伝

48巻。知恩院蔵。国宝。知恩院所伝勅修48巻伝の成立は1237年(嘉禎3)の法然上人伝法絵流通,1301年(正安3)覚如編の拾遺古徳伝絵,9巻本法然聖人伝絵などによってである。48巻伝は獅谷忍徴(1711年没)の『勅修吉水円光大師御伝縁起』によると後伏見上皇が比叡山功徳院の舜昌法師に勅して1307年(徳治2)から10年の歳月をかけて完成したものと伝えられる。法然の伝記であるとともに,法然を宗祖と仰ぐ知恩院を本山とする浄土宗確立の歴史そのものである。絵・詞ともに十人位の人の手で描かれているが,その描写は極めてまじめな作風であるが,絵には上手・下手があり,巻頭にかいたものは優れ当代やまと絵の名手を思わせる。内容は法然の伝記絵と言ってよい。絵巻物の最長編である。伝写本としては当麻寺48巻本などがある。

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法然上人800年大遠忌

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2011年、法然上人の大遠忌法要を総本山知恩院にて開催します。